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"年をとると万象が相対化します。
例えば、僕が10代の頃の音楽への傾倒や、ゲームや漫画への執着は、いまの僕と比べたら、全然すごかった。10代の頃は、周りに神があまりにもたくさん存在していた。
ところが、年をとればとるほど神は死ぬようです。
だんだん適当になっていくからです。かなり直観的なことを言うと、多分、若者は絶対的で、年寄りは相対的です。もっと乱暴に言うと、キリスト教は絶対的
で、仏教は相対的です。これは、それぞれの教祖の没年に関わっているという仮説を提示するのです。
キリストの没年は33歳と若い。つまり、彼が最も盛んに活動していた時は、思春期の延長とも思える20代後半あたりだったはず。だからこそ、「隣人を愛
せ」的なロックンロールのごとき独善的で甘酸っぱい思想が残ってくる。キリスト教の特徴は、「あれをしなければならない」「こうするべきだ」という積極的
なものです。一方で、仏教は、ひたすら相対的です。仏陀の没年は80歳説が有力ですから、これはもう、年をとって色んなことが分かってる人が教えを説くわ
けだから、より、深層的な教義が残ってくるのは自然でしょう。
仏教は、(東洋的な)虚無観を前提に据えているから、教えを説けど、それを人には強制しない、という点が最も相対的です。こうして僕は、白か黒かハッキリ
してるキリスト教は若者受けするだろうし、ひたすらグレイゾーンを説く仏教が年寄り受けするのは、それぞれの教祖の没年と密接に関係している説を提唱する
のです。"